マタイによる福音書
コリント人への第一の手紙- 16節
- 第4章
そこで、あなたがたに勧める。私にならう者となりなさい。
イワオトギリ

Comment from the head of the church
教会長のコメント
パウロはイエス様が生きておられた時生活を共にしていませんでした。しかし霊的なイエス様と共に行動しながらイエス様ならどのように生きられただろうかを考えながら行動したのではないでしょうか。それ故に信徒達に私にならう者となりなさいと言えたのです。私達には真のお父様のお写真もみ言もあります。語られたみ言を実践しキリストに似る者になろうではありませんか。
マタイによる福音書- 24節
- 第6章
だれも、ふたりの主人に兼ね仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛し、あるいは、一方に親しんで他方をうとんじるからである。あなたがたは、神と富とに兼ね仕えることはできない。
ジャコウアオイ

Comment from the head of the church
教会長のコメント
私達は真のお父様を通して神様の子女の位置に立ちました。しかし私達の心は神様とだけ対しているのではなくサタンとも対しています。キリストは神様のみと対しておられます。それは神様のみと対することの出来る心を持っておられるからです。私達もサタンと対することのない、神様のみと対することの出来る心を持つ努力をしようではありませんか。暖かく、広く、大きく、美しい心を持てるように。
使徒行伝- 26節
- 第3章
神がまずあなたがたのために、その僕を立てて、おつかわしになったのは、あなたがたひとりびとりを、悪から立ちかえらせて、祝福にあずからせるためである」。
コマクサ

Comment from the head of the church
教会長のコメント
神様は何故キリストを私達に遣わされたのでしょうか?それは私達一人一人を悪から離れさせ、祝福に預からせるためです。み言を下さり、悪と闘うことが出来るようにして下さいました。祝福を通してサタンの血統から神の血統に転換することが出来ました。あとは私達がイエス様と真のお父様に倣い悪との絶縁をするだけです。神様の子女として。