ルカによる福音書- 20節
- 21節
- 第17章
神の国はいつ来るのかと、パリサイ人が尋ねたので、イエスは答えて言われた、「神の国は、見られるかたちで来るものではない。また『見よ、ここにある』『あそこにある』などとも言えない。神の国は、実にただあなたがたのただ中にあるのだ」。
夕日

Comment from the head of the church
教会長のコメント
国はどこから始まるのでしょうか?イエス様も真のお父様も私の心にあると言われています。私の心の中に矛盾や葛藤がある限り私の心は天国になりません。環境に天国を求めることよりも私の心から矛盾や葛藤を取り除き神様をお迎えして心に天国を作る努力をし続けようではありませんか?
ヘブル人への手紙- 第11章
- 4節
信仰によって、アベルはカインよりもまさったいけにえを神にささげ、信仰によって義なる者と認められた。神が、彼の供え物をよしとされたからである。彼は死んだが、信仰によって今もなお語っている。
トウカエデ

Comment from the head of the church
教会長のコメント
私達はアベルと同じ立場に立っています。ではアベルと同じように言動、行動、生活を通して神様によしと認められているでしょうか?私達の供え物は、言動、行動、生活です。それらが神様に喜ばれるものとなっているでしょうか?自分の姿を振り返り、正して神様に喜ばれる息子、娘になろうではありませんか。
エレミヤ書- 7節
- 8節
- 第17章
おおよそ主にたより、主を頼みとする人はさいわいである。彼は水のほとりに植えた木のようで、その根を川にのばし、暑さにあっても恐れることはない。その葉は常に青く、ひでりの年にも憂えることなく、絶えず実を結ぶ。
サザンカ

Comment from the head of the church
教会長のコメント
私達は神様と無縁の人生を生きてきました。しかし真のお父様に出会い神様を頼みとする生き方を始めました。ではその生き方を続けているでしょうか?以前のように神様を意識せず、人ばかり気にして人を頼みとする生き方をしていないでしょうか?もう一度神様を頼みとして、水のほとりに植えた木のように絶えず実を結ぶ者になろうではありませんか。