天聖経
no.17

天聖経(礼節と儀式より)

2017.03.05
  • 天聖経
  • 礼節と儀式より

統一教会員の中で「私が先に入ってきたのでアベルで、あとから入って来た人はカインなので、私に侍りなさい!」と言う、このような気違いたちがいます。アベルとはどのような人ですか。神様の御心どおりにする人がアベルです。より公的な人がアベルです。カインとは何ですか。サタン側です。サタンは、自分を考えるところから出発したのです。アベルは、自分を考えず神様を考えるところから始めたのです。これを知らなければいけません。

教会長のコメント

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the head of the church

神様を考える

 ルーシェルは自分を考えてエバを誘惑し堕落しサタンとなりました。 エバも自分を考えてアダムを誘惑し堕落しました。 私達はサタンの血統として生まれました。 それ故にまず自分を先に考えます。 特にカインのような性質を持った人は自分を先に考えます。 逆にアベルのような性質を持った人は神様を先に考えます。  絶対的なアベルのイエス様はいつも神様を考えました。  真のお父様もいつも神様を考えました。 自分を考えず神様を考えるところから始められました。 神様のみ意どおりにされました。 そしていつも私的ではなく公的に生きられました。  今私達はどちらの生き方をしているでしょうか? 神様を考えず自分を考えるところから始めているでしょうか? それとも自分を考えず神様を考えるところから始めているでしょうか?  サタンの血統として生まれた私達ですが、今は神様の子女になりました。 そして今アベルの立場に立っています。 今後はどのように生きるべきでしょうか? 自分を先に考える習慣を無くさなければいけません。 神様を先に考える習慣を身に付けなければいけません。 しかし神様を考えて来なかった私達がいつも神様を先に考える習慣を身に付けることは大変なことです。  私的ではなく公的に生きる努力も必要です。 自分の考え、判断、行動、生活が私的か公的か絶えずチェックすべきではないでしょうか? そして公的に生き、神様をいつも先に考える習慣を身に付けるべきではないでしょうか? そのように生きなければ神様のみ意どおりに生きることは出来ません。  真のお父様は私達に模範を示して下さいました。 真のお父様は私達にアベルになることを願われています。 今からでも自分を考えず神様を考えるところから始めようではありませんか。 絶えず神様に尋ねる習慣を身に付けようではありませんか。

no.16

天聖経(礼節と儀式より)

2017.02.26
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  • 礼節と儀式より

お父様である神様に出会うために、神様と因縁を結ぶために、どれほど精誠を尽くしたかということが自分の財産です。

教会長のコメント

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the head of the church

神様に出会う

 真のお父様の財産はお父様である神様に出会うために、神様と因縁を結ぶために精誠を尽くされたことです。  それでは私達はどのような生き方をしているでしょうか? 神様に出会うために生きているでしょうか? それとも神様と関係無く生きているでしょうか? どちらでしょうか?  私達は真のお父様と出会う前は神様と全く因縁がありませんでした。 真のお父様を通して私達は神様を知りました。 しかし、頭で、或いは、知識で知っただけではないでしょうか? 毎日神様に出会う生き方が出来ているでしょうか? 出来ていないのではないでしょうか?  真のお父様は毎日神様に出会う生き方をして来られました。 それは神様が真のお父様にとって一番大事な方だからです。 それでは真の子女となった私達にとって一番大事な方は誰でしょうか? 当然神様ではないでしょうか?  私達も毎日神様に出会う生き方をすべきではないでしょうか? 他の何かに出会うことではありません。 神様が一番大事なのですから。 にもかかわらず私達は毎日神様を忘れていないでしょうか?  お父様である神様は決して私達を忘れることはありません。 真のお父様も決して私達を忘れることはありません。 しかし私達は違うのです。何故でしょうか? それはサタンの血統だったからです。  私達はどうすべきでしょうか? 真のお父様にならって神様に出会うために精誠を尽くすべきではないでしょうか? そして神様と因縁を結ぶために精誠を尽くすべきではないでしょうか? 神様に出会うために、神様と因縁を結ぶために私達は生きているのです。 にもかかわらずそれを忘れてサタンにやられてきました。 サタンの罠にはまっていたのです。 この状態が続けばサタンの思うつぼです。  今からは真のお父様のように神様に出会うために精誠を尽くして行こうではありませんか。

no.15

天聖経(礼節と儀式より)

2017.02.05
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  • 礼節と儀式より

皆さんは神様を背後とすることのできる、神様や娘になったのでしょうか。神様を背後とするなら常に神様が共にいて、皆さんが神様と共にいられる人になっていなければなりません。子犬のように母親の懐を離れて独りで歩きまわっては母親の保護を受けられないのです。

教会長のコメント

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the head of the church

神様を背後とする

 私達の神様と出会う前の姿はどうだったのでしょう? それは母親の懐を離れて独りで歩きまわる子犬のようでした。 そのため母親の保護、即ち神様の保護を受けられなかったのです。  それは何故でしょうか? 堕落によって蝮(サタン)の子として生まれたからです。 神様と縁がありませんでした。 神様と離れていました。 それ故に神様と関係無く自分勝手に生きてきました。 独りで歩きまわる子犬だったのです。 神様抜きで自分勝手に考え、判断し、行動してきました。  今はどうでしょうか? まだ子犬のように独りで歩きまわっているのでしょうか? それとも神様を背後とする、常に神様が共にいる姿になっているのでしょうか? 私達は真のお父様を通して神様の息子、娘になりました。 しかし神様を背後とすることが出来ているでしょうか? 真のお父様は私達が神様と共にいられる人になることを願われています。  今私達は神様中心に考え、判断し、行動しているでしょうか? それとも未だに自己中心に生きているでしょうか? サタンの子だったので悪い習慣が染みついています。 それでは神様中心の良い習慣に変わったでしょうか? それとも悪い習慣のままでしょうか?  私達は神様を背後としているでしょうか? それとも背後に神様はおられず、独りだけでしょうか? 背後に神様がおられるか、おられないか。 それは私達の人生を左右します。  今こそ背後に神様がおられない独りの人生に終止符を打ちましょう。 そして神様が背後におられる神様の息子、娘になろうではありませんか。   神様の保護が受けられるのですから。 それが真のお父様の願いなのですから。