no.12

天聖経(真の神様より)

2016.12.18
  • 天聖経
  • 真の神様より

 絶対的に神様を信じなさい。 左にも信じることができず、右にも信じることができず、 東西南北、前後左右、全部信じることができません。 絶対的に信じれば中央線に行くのです。 絶対的に信じれば一つの位置を求めていくのです。 絶対的な位置、神様がいらっしゃるところを求めていくのです。 そこからすべてが解かれるのです。 それゆえに信仰には独裁性が多いのです。 話し合うことができません。 ねじれているので強制的にでも角度を合わせなければなりません。 ですから神様がどれほど苦痛で、私たち人類がどれほど苦痛なことでしょうか。

教会長のコメント

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the head of the church

神様を信じる

 真のお父様とイエス様は神様を絶対的に信じておられました。 私達はどうでしょうか?神様を信じているでしょうか? それとも信じていないでしょうか?或いはどれほど信じているでしょうか?  私達は堕落していたために神様を信じていませんでした。 しかし、真のお父様を通して神様を知り、神様を信じるようになりました。 真のお父様のお姿、生活、行動を見れば神様を信じておられることがわかります。 イエス様の生涯を通しても神様を信じておられることがわかります。  それでは私達の姿、生活、行動が神様を信じていることを証明しているでしょうか? それとも神様を信じているとは言えない姿でしょうか? どちらでしょうか?  神様を信じて来なかったために神様に角度を合わせられないのです。 それ故に信じ続けることによって神様に角度を合わせなければならないのです。 今私達は神様を信じ続ける努力をしているでしょうか? 神様を信じ続ければどのような人間になるでしょうか?  神様のようになるのではないでしょうか? この人は神様を信じている人だなあと周りが感じるのではないでしょうか? 当然自分でも感じるでしょう。  神様を信じるなら、絶えず神様を意識し、神様を実感しているのではないでしょうか? 神様を意識せず、神様を実感していないのなら神様を信じているとは言えないのではないでしょうか? そのような姿であれば神様を知る前と何の変わりがあるでしょうか? 全く変わりがないのではないでしょうか?  このままでいいのでしょうか? せっかく神様を信じて人生を再出発した私達です。 真のお父様に習い、神様を絶対的に信じる所までたどり着こうではありませんか。 そして神様の子供として相応しい姿になろうではありませんか。

no.11

天聖経(地上生活と霊界より)

2016.12.06
  • 地上生活と霊界より
  • 天聖経

 イエス様に従う弟子たちは、イエス様がローマ帝国を一時に占領して、イスラエルの王として君臨するようになれば、自分たちはそれぞれいい地位につけると思ったのです。 そのようなことが問題ではありません。 まず自分の心の中に天国の基盤を築けなければならないし、 その心を中心として体が神様と一つになり得る基盤を築くべきです。 これがいちばん大きい問題なのです。 天国は、自分自身から始まるのです。 それゆえ、天国の拠点は自分の心だというのです。

教会長のコメント

Comment from
the head of the church

神様と一つになる

 イエス様と真のお父様はこの地上に天国をつくる為に来られました。 それはアダムとエバが堕落してこの地上が地獄となったからです。  私達はこの地上地獄で生まれました。天国とは全く無縁でした。 その私達にメシヤは天国に至る道を教えて下さいました。  それはどのような道でしょうか?  それは自分の心の中に天国の基盤をつくるということです。 その心を中心として神様と一つになり得る基盤を築くということです。 真のお父様は天国の拠点は自分の心だと明言されています。 天国は自分自身から始まるのです。  このことを私達はどれほど自覚していたでしょうか? いくら地位、名誉、財産があっても天国を迎えることは出来ないのです。 自分の心が悪では無理なのです。  自分の心は天国を迎えるに相応しいでしょうか、相応しくないでしょうか? 良い心でしょうか、悪い心でしょうか? このままでいいのでしょうか?  自分の心を天国を迎えるに相応しい心にする必要があるのではないでしょうか? イエス様も真のお父様も天国は私の心にあると言われています。 もっともっと自分の心を大切にしなければいけないと思いませんか?  まず神様と一つになり得る基盤を如何に築くかを絶えず意識すべきではないでしょうか? そして私の心が神様の心と一つになるように生きるべきではないでしょうか? どのような心で生きることが神様と共に生きることなのでしょうか?  それはイエス様のように生きること、真のお父様のように生きることです。 イエス様も真のお父様も心に天国を迎えておられました。 それは神様のような心を持たれたからです。   ところで自分を振り返ってみましょう。 私達の心は神様のような心でしょうか? それとも自己中心の心でしょうか? 決して神様のような心とは言えないのではないでしょうか?  私達は自己中心に生きるのではなく、人の為に生きるべきではないでしょうか? 私達も神様のような心を持とうではありませんか?  それは小さい心ではありません。 狭い心でも、冷たい心でも、醜い心でもありません。  それは大きい心であり、広い心であり、温かい心であり、美しい心です。 神様は私達にそのような心を持つことを願われています。 美しい心を持つことによって心に天国の基盤を築き、神様と一つになろうではありませんか?

no.10

天聖経(罪と蕩減復帰より)

2016.12.04
  • 地上生活と霊界より
  • 天聖経

エバは二つの世界の母体になりました。 善と悪の中間の立場になったというのです。 それでは善悪の方向を誰が決定しなければならないのでしょうか。 自分自身が決めなければなりません。 サタンを打つことよりも数倍も強く神様にしがみつかなければなりません。 悪を打つためには渾身の力を傾けなければなりません。 それと同時にそれ以上の力で神様にしがみつかなければならないというのです。

教会長のコメント

Comment from
the head of the church

神様にしがみつく

 人間始祖の堕落によって私達は神様とサタンの中間の立場になりました。 それゆえに自分自身が善悪の方向を決めなければならないのです。  悪を打つためには渾身の力を傾けなければならないのです。 そしてそれ以上の力で神様にしがみつかなければならないのです。  これは真のお父様のみ言です。 ご自身が実践されて私達に語られたのです。 即ち真のお父様は神様にしがみついてこの悪の世界でサタンに勝利して来られたのです。 では私達はどんな生き方をしているでしょうか?  神様にしがみついて悪に立ち向かっているでしょうか? それともサタンにしがみつかれたまま身動きがとれない状態でしょうか? もし毎日時に流されているのであればサタンと縁が切れていません。  堕落によって私達はサタンと親子の縁を結んだのです。 それゆえにサタンと縁を切り、神様と縁を結ばなければなりません。  私達は真のお父様によって祝福を受け、神様と親子の縁を持ちましたが、 どこまで縁が結べたでしょうか?  地位、名誉、財産にしがみついている人も神様にしがみついているとは言えません。 サタンにしがみついている人ではないでしょうか? 私達に絶対に必要なのは神様です。  自分自身の姿をもう一度振り返ってみましょう。 一番大切な神様にしがみついてこの悪の世の中で生きて行こうとしているのでしょうか? それとも悪の世界に染まって堕落しているのでしょうか?  このままではいけないと思いませんか? 神様の子供として悪に立ち向かおうと思いませんか? そして神様にしがみついて生きて行こうではありませんか。 悪の世界で勝利するためです。