no.6

天聖経(地上生活と霊界より)

2016.09.18
  • 地上生活と霊界より
  • 天聖経

 人生において行くべき道は何でしょうか。 神様の愛を占領することが人生において行くべき道です。 神様の愛を占領することが、人生の行くべき最高の終着点です。 この道は、男性も女性も行くべきであり、すべての人たちがみな行くべきなのです。  人生において行くべき道は、無限であられる愛の神様を探すことです。 十回でも百回でも、死の峠を経てでも、絶えず神様の愛を探すのが、 人生において行くべき最高の道なのです。

教会長のコメント

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the head of the church

神様を探す

 私達は真のお父様を通して神様を知り、神様の子供になりました。 全ては神様と真のお父様のおかげです。 そして人生の目的が、神様を探し神様の愛を占領することであることを教えていただきました。 しかし問題は今私達が神様を探しているかどうかです。    イエス様も真のお父様も神様を探し、神様の愛を占領することに専念されました。 そのことが人生において一番大切なことだからです。 他のことではありません。  それ故に神様のみに焦点を合わされました。 私達は神様に焦点を合わせ、神様を探すことに専念しているでしょうか?  残念ながら、み言を通して目的は知りましたが、実行出来ていないのではないでしょうか? 何故でしょうか? 神様を探す習慣が出来ていないからではないでしょうか? 神様を探し続ける習慣をつけない限り神様に焦点を合わせることは不可能ではないでしょうか?  イエス様と真のお父様のように罪のないお方でも時間がかかりました。 ましてサタン(蝮)の子であった私達は時間がかかるのは当然ではないでしょうか? にもかかわらずなんの努力なしに神様を探せるでしょうか?  神様を探し続けても、探さなくても時間は過ぎていきます。 このままでいいのでしょうか?  やらなければいけないことは目の前に多くあります。 しかし今一番しなければいけないことは神様を探し続けて、 神様の愛を占領することではないでしょうか?  今こそこの地上で生きている間に最高の道である神様を探す道を行こうではありませんか? そのためにもまず神様を探す習慣を付けようではありませんか?

no.5

天聖経(人間の生と霊魂の世界)

2016.09.05
  • 人間の生と霊魂の世界
  • 天聖経

 人間と歴史が何を中心として解決して完成しますか。 神様を知らなければなりません。神様は、人格的な神様でなければなりません。 神様が漠然としてはいけないのです。  私たち自身が具体的であり、知・情・意を備えた人格的な人ならば、 その主体であられる神様も知・情・意を備えた人格的な神であるというのです。 そのように考えるのです。  それでは、神様がもっている多くの属性の中で一番の中心とは何ですか。 情だというのです。 愛だというのです。 神様も生きることにおいて、愛が最も必要なのです。

教会長のコメント

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the head of the church

神様を知る

  原理講論の総序にこうあります。 人間が、根本的に、神を離れては生きられないようにつくられているとすれば、 神に対する無知は、人生をどれだけ悲惨な道に追いやることになるであろうか。  私達人間は堕落したアダム、エバの子孫ゆえに無知になりました。 神様との親子関係が切れたと同時に神様がわからなくなったのです。 そして神様が私達の親で人類が兄弟姉妹であることがわからなくなってしまいました。  それゆえこの世界は親子兄弟が殺し合う悲惨な世界になってしまったのです。 この世界にはあらゆる問題がありますが、何によって解決されるのでしょうか?  神様を知ることによってしか解決が出来ません。 私達は原理(真のお父様)を通して神様を知りました。  しかし問題は解決されずに沢山残っています。 何故でしょうか?神様を漠然としか知らないからではないでしょうか? もっともっと神様を知らなければいけないのではないでしょうか?  イエス様と真のお父様は神様をどこまで知ることが出来たのでしょうか? 限りなく知る努力をされたのではないでしょうか?  だからこそ最高、最善の解決の道を歩まれました。 それゆえに私達は他のことではなく神様を知る努力をし続けることこそ 最初にすべきことではないでしょうか?

no.4

天聖経(人間の生と霊魂の世界)

2016.08.21
  • 人間の生と霊魂の世界
  • 天聖経

 天国に行き、地獄へ行く二つの道があるとすれば、 天国を訪ねてくる人と地獄へ行く人とでは、どちらがより多いでしょうか。 地獄へ行く人々が、より多いことでしょう。  それを見つめる神様の心情はどうでしょうか。 どれほどあぜんとするでしょうか。  地獄とは関係なく天国に来て、膨大なこの国の民になって、 愛を中心として神様とともに生きなければならない息子、娘たちが、 みな地獄へ行くのを見るとき、どれほどあぜんとするかというのです。

教会長のコメント

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the head of the church

神様と共に生きる

 私達は真のお父様を通して神様との親子関係を取り戻しました。 そして地獄で生きていた私達に神様と共に生きる道が切り開かれました。 しかし今私達は神様と共に生きているでしょうか?  間違いなくイエス様と真のお父様は神様と共に生きられました。 なぜなら神様のように誰も差別せず、平等に愛されたからです。  しかし人は愛されましたが、罪は愛されませんでした。 私達はどうでしょうか?  神様と出会う前まで私達は神様の子供である自覚も神様に対する意識もありませんでした。  では神様と出会った私達は以前と変わって兄弟を愛しているでしょうか? それとも以前と変わらず同じままでしょうか?  同じままということは愛することを知らないサタン(蝮)の子の時のままということではありませんか?死んでいるのとかわりがないではありませんか?  兄弟を愛していてこそ生きていると言えるのではないでしょうか? 神様と真のお父様は私達が生きることを願っておられます。 私達が生きる道は兄弟を愛する以外にはないのではないでしょうか? 神様の願いに応えて兄弟を愛する努力をしようではありませんか? そこから神様と共に生きる道が切り開かれるのではないでしょうか?