天聖経
no.5

天聖経(人間の生と霊魂の世界)

2016.09.05
  • 人間の生と霊魂の世界
  • 天聖経

 人間と歴史が何を中心として解決して完成しますか。 神様を知らなければなりません。神様は、人格的な神様でなければなりません。 神様が漠然としてはいけないのです。  私たち自身が具体的であり、知・情・意を備えた人格的な人ならば、 その主体であられる神様も知・情・意を備えた人格的な神であるというのです。 そのように考えるのです。  それでは、神様がもっている多くの属性の中で一番の中心とは何ですか。 情だというのです。 愛だというのです。 神様も生きることにおいて、愛が最も必要なのです。

教会長のコメント

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the head of the church

神様を知る

  原理講論の総序にこうあります。 人間が、根本的に、神を離れては生きられないようにつくられているとすれば、 神に対する無知は、人生をどれだけ悲惨な道に追いやることになるであろうか。  私達人間は堕落したアダム、エバの子孫ゆえに無知になりました。 神様との親子関係が切れたと同時に神様がわからなくなったのです。 そして神様が私達の親で人類が兄弟姉妹であることがわからなくなってしまいました。  それゆえこの世界は親子兄弟が殺し合う悲惨な世界になってしまったのです。 この世界にはあらゆる問題がありますが、何によって解決されるのでしょうか?  神様を知ることによってしか解決が出来ません。 私達は原理(真のお父様)を通して神様を知りました。  しかし問題は解決されずに沢山残っています。 何故でしょうか?神様を漠然としか知らないからではないでしょうか? もっともっと神様を知らなければいけないのではないでしょうか?  イエス様と真のお父様は神様をどこまで知ることが出来たのでしょうか? 限りなく知る努力をされたのではないでしょうか?  だからこそ最高、最善の解決の道を歩まれました。 それゆえに私達は他のことではなく神様を知る努力をし続けることこそ 最初にすべきことではないでしょうか?

no.4

天聖経(人間の生と霊魂の世界)

2016.08.21
  • 人間の生と霊魂の世界
  • 天聖経

 天国に行き、地獄へ行く二つの道があるとすれば、 天国を訪ねてくる人と地獄へ行く人とでは、どちらがより多いでしょうか。 地獄へ行く人々が、より多いことでしょう。  それを見つめる神様の心情はどうでしょうか。 どれほどあぜんとするでしょうか。  地獄とは関係なく天国に来て、膨大なこの国の民になって、 愛を中心として神様とともに生きなければならない息子、娘たちが、 みな地獄へ行くのを見るとき、どれほどあぜんとするかというのです。

教会長のコメント

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the head of the church

神様と共に生きる

 私達は真のお父様を通して神様との親子関係を取り戻しました。 そして地獄で生きていた私達に神様と共に生きる道が切り開かれました。 しかし今私達は神様と共に生きているでしょうか?  間違いなくイエス様と真のお父様は神様と共に生きられました。 なぜなら神様のように誰も差別せず、平等に愛されたからです。  しかし人は愛されましたが、罪は愛されませんでした。 私達はどうでしょうか?  神様と出会う前まで私達は神様の子供である自覚も神様に対する意識もありませんでした。  では神様と出会った私達は以前と変わって兄弟を愛しているでしょうか? それとも以前と変わらず同じままでしょうか?  同じままということは愛することを知らないサタン(蝮)の子の時のままということではありませんか?死んでいるのとかわりがないではありませんか?  兄弟を愛していてこそ生きていると言えるのではないでしょうか? 神様と真のお父様は私達が生きることを願っておられます。 私達が生きる道は兄弟を愛する以外にはないのではないでしょうか? 神様の願いに応えて兄弟を愛する努力をしようではありませんか? そこから神様と共に生きる道が切り開かれるのではないでしょうか?

no.3

天聖経(人間の生と霊魂の世界)

2016.08.07
  • 人間の生と霊魂の世界
  • 天聖経

 天国に入っていける人とはどのような人ですか。 まず神様の心に合う人にならなければなりません。 どれくらい合わなければならないのでしょうか。  神様が永遠な目的を中心として永遠な理想を描いていく方なら、永遠に心が合わなければなりません。 十年ぐらい合わせて途中で合わなくなれば駄目です。 永遠であられる神様に、永遠に心を合わせなければなりません。  そのようにしようとすれば、どのようにしなければなりませんか。 永遠にお互いに喜べる息子にならなければなりません。 そのような息子になろうとするなら、悲しみの対象として現れてはなりません。

教会長のコメント

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the head of the church

神様に合わせる

 私達はアダムとエバが堕落した為、蝮の子(サタンの子)として生まれました。 そのため神様に合わせるどころか、神様を考えることもなく自分勝手に生きてきました。  自己中心に生きることが不幸になることを知りませんでした。  今は真のお父様を通して神様を知り、神様の子と生きることが出来るようになりました。 そして神様の子として生きることが幸せになることも分かりました。  しかし、悲しいことに私達は長年神様に合わせない悪い習慣を身に付けてしまいました。 そのため神様に合わせることがなかなか出来ません。  どうしたら神様に合わせることが出来るのでしょうか?  まず神様を意識する習慣をつけること。 次に神と同じ立場に立てない堕落性があるので神様の立場に立って考える習慣をつけること。 その上で自分が神様に合わせているかいないかを絶えず振り返ることではないでしょうか?  イエス様も真のお父様も100%神様に合わせて生涯を生きられました。 お二人とも神様に合わせる為どれほど多くの努力をされたことでしょうか?  私達は自分の思い、考えが神様の思い、考えと違っていると思いませんか?  自己を振り返ることもせず、確認もせずに生きていると思いませんか? 神様の子として生きることは神様と心、思い、考えを合わせて生きることではないでしょうか?  今からは神様に合わせる努力の積み重ねをして行くべきではないでしょうか?